運命の許す限りに 美しい花を咲かせば


東京へ行き、親戚に会い、気分転換をしてきた。


東京は雪があまり降らないと聞いていたが、滞在中に数年ぶりの大雪に見舞われた。雪で空っぽの原宿を歩くのもまた、得がたい経験になった。東京に住む友人が午後、何度も電話をかけてきて、やっと大雪警報が出ていたことを知った。電車も多くが止まったので、みな安全のため外出を控えていたのだ。どうりで人がいないと思った。


今回の旅で一番おいしかったラーメンは、鎌倉にあった。行くつもりだった店が定休日で、近くの路地をぶらぶらしていたら、角の店に突きあたった。お腹もすいて寒かったので、しばらく迷った末に店に入る。店は見た感じ古びていて、決して魅力的ではなかった。食券を買い、椅子の脇に立って待つ。客は多くなかったけれど、席が少なく、店の面積の3分の2を厨房が占めていたからだ。


落ち着いて見回して気付いた。厨房を切り回しているのはたった一人、50〜60歳ぐらいの師傅(店主)だけだった。彼はほとんどすべてのことを把握していた。麺をゆで、具を切り、スープを合わせ、器を並べ、洗い、客を呼ぶ。手際よく厨房のあれこれをこなしている。かっこよく麺の湯を切り、豪快にスープを注ぎ、海苔や叉焼をつまみ上げ、どんぶりを並べ、盛り付け、くるりと背中を向けて洗い物をする。厨房から聴こえてくる音楽は、お客のためではなく、自分のためのようだった。ジャズだった。


僕は彼の姿に引き込まれ、長いこと目を離さず見ていた。


だいぶ長く待っていた一人の老婦人が、笑いながら師傅に食券を見せた。彼は順番を間違えていたことに気付き、急いで謝ったが、彼女はにっこり「構いませんよ」と言った。


若い学生が僕の後から入ってきて、慣れた様子で食券を買い、静かに僕の後ろに立った。


子供を二人連れた外国人の夫婦は、満足そうに麺を食べ終わり、出がけに日本語で「ありがとう」と声をかけた。子供たちも口々に「ありがとう」と言い、師傅は振り返って礼を述べ、すぐに元のリズムで仕事を続ける。


座席の脇には張り紙が2枚。食べ方が書かれていた。麺を食べる時は特製の胡椒を振りかけて下さい。スープを飲む時は、特製の酢をたらして下さい。


今回の旅で一番おいしいラーメンになったのは、寒くて空腹だったせいかもしれない。師傅の姿のせいだったかもしれない。


店を出る前、僕は彼に写真を撮ってもいいですか、と尋ねた。「あなたはとてもハンサムだから」。師傅は言った。「私を? ははは、構わないよ!」。彼は英語で「どこから来たの」と聞き、僕は「台湾です」と答えた。師傅はかわいらしい鏡をのぞき込んで髪を整え、僕がシャッターを押すのを待った。


店を出た後、僕は思った。いったいいつになるだろうか。彼のように自分の場所で、自分の方法で、自分の好きなことをして、落ち着いて自分を保てるようになるのは。迷い込んだ客が来て、常連さんも来て、それで十分。一つの幸せだ。


僕は今、そうだろうか。そうできるだろうか。


数日後、僕は香港で舞台に立ち、5月まで忙しい日が続く。このページをのぞく時間も少なく、書き込みに一つ一つ返信することもできない。一人きりになり、静かに読み、考える時間が必要だから。


でも、いつもみんなの励まし、応援に感謝している。書き込みはすべて見て、心に留めている。孤独で恐れを感じる時、僕を前に進ませる力になっている。


僕がいつも黙っているのは、演技を除いて、僕には僕自身しかないからだ。世界には昼と夜しかないように。


暖かい冬。喜びつつ、憂いつつ。


莫子儀(モー・ズーイー)


写真「運命の許す限りに 美しい花を咲かせば 私満足」武者小路実篤


──2013年1月21日 本人のフェイスブックより(写真も)

阿信!


阿信! 原稿書いたぞ。OAOA!


映画の森 コラム「アジア電影放浪録」スタート 台湾のスーパーバンド・五月天Mayday)、flumpoolと初共演 言葉の壁越え一つに


http://eiganomori.net/article/356647081.html


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